歯列矯正治療を始めると、口臭が気になり始めた、あるいは悪化したように感じるという方が時折いらっしゃいます。美しい歯並びを手に入れるための治療が、なぜ口臭と結びついてしまうのでしょうか。その主な原因は、矯正装置の装着によって口腔内の清掃性が低下し、細菌が繁殖しやすい環境になってしまうことにあります。従来のワイヤー矯正の場合、ブラケットやワイヤーといった複雑な形状の装置が歯の表面に固定されるため、歯ブラシが届きにくい部分が増え、食べ物のカスやプラーク(細菌の塊)が非常に残りやすくなります。これらの磨き残されたプラークは、口臭の主な原因となる揮発性硫黄化合物を産生する細菌の温床となります。特に、歯と歯の間や、ブラケットの周囲、ワイヤーの下などは、意識して丁寧に清掃しなければ、あっという間に汚れが溜まってしまうのです。マウスピース矯正の場合でも、油断は禁物です。マウスピースを装着している間は、唾液による自浄作用が妨げられ、歯の表面やマウスピース自体に細菌が付着しやすくなります。食事の際にマウスピースを外し、歯磨きをせずに再装着したり、マウスピースの清掃を怠ったりすると、細菌が繁殖し、口臭の原因となることがあります。また、矯正治療中は、装置による刺激や歯の移動に伴う炎症などによって、一時的に唾液の分泌量が減少したり、口の中が乾燥しやすくなったりすることがあります。唾液には、細菌の増殖を抑えたり、食べ物のカスを洗い流したりする重要な役割があるため、唾液の量が減ると口臭が発生しやすくなるのです。さらに、矯正装置によって口内炎ができたり、歯肉に炎症が起きたりすると、そこから出る浸出液や血液も口臭の一因となることがあります。このように、歯列矯正と口臭には密接な関係があり、治療中の口腔ケアがいかに重要であるかが分かります。正しい歯磨きの方法を習得し、補助的な清掃用具を効果的に使用することが、口臭予防の鍵となるのです。