Aさん(20代女性、会社員)は、長年歯並びにコンプレックスを抱えていましたが、社会人になったことを機に歯列矯正治療を開始しました。治療開始当初、Aさんは矯正装置が目立つことを非常に気にしており、モジュールゴムの色は常にクリア(透明)か、歯の色に近い白を選んでいました。「とにかく目立たないように、誰にも気づかれないように」というのがAさんの口癖で、食事の際も人目を気にし、口元を手で隠すような仕草が見られました。歯科衛生士は、Aさんの気持ちを尊重しつつも、毎月の調整時に様々な色のゴム見本を見せ、「たまには気分転換に違う色も試してみませんか」と優しく声をかけ続けていました。治療開始から半年が経過した頃、Aさんは少し勇気を出し、淡いピンク色のゴムを選んでみました。最初は「派手すぎないだろうか」「似合わなかったらどうしよう」と不安そうでしたが、鏡で見た自分の口元が思ったよりも明るく、可愛らしい印象になったことに少し驚いた様子でした。その次の調整日、Aさんは前回よりも少し積極的な表情で、「今月はもう少し濃いピンクに挑戦してみたいです」と申し出ました。それ以降、Aさんは徐々に様々な色に挑戦するようになり、パステルブルー、ラベンダー、時には気分転換に明るいオレンジを選ぶこともありました。色の変化と共に、Aさんの行動にも変化が見られるようになりました。以前は口元を隠すことが多かったAさんが、自然な笑顔で会話を楽しむようになり、職場の同僚からも「最近明るくなったね」「そのゴムの色、可愛いね」と声をかけられることが増えたそうです。Aさん自身も、「ゴムの色を変えるだけで、こんなに気分が変わるなんて思わなかった。毎月の調整が楽しみになったし、矯正していることを前向きに捉えられるようになった」と語っています。このAさんの事例は、歯列矯正におけるゴムの色選びが、単なる審美的な選択に留まらず、患者の自己肯定感や治療へのモチベーションに好影響を与える可能性を示唆しています。小さな変化が大きな自信につながり、QOLの向上に寄与することもあるのです。歯科医療従事者は、このような心理的側面も考慮し、患者一人ひとりに寄り添ったコミュニケーションを心がけることの重要性を再認識させられます。