歯列矯正中に口臭が気になり始めた場合、多くの方は矯正装置周りの磨き残しが原因だと考え、より一層歯磨きに力を入れるでしょう。それはもちろん正しい対処法ですが、実はそれ以外にも口臭を引き起こす、見落としがちな原因が潜んでいることがあります。まず考えられるのが「唾液の減少」です。矯正装置を装着していると、口の中に違和感があったり、話しにくかったりすることから、無意識のうちに口呼吸が増えてしまうことがあります。口呼吸は口腔内を乾燥させ、唾液の分泌量を減少させます。唾液には、細菌の増殖を抑えたり、食べ物のカスを洗い流したりする自浄作用や、口の中のpHを中性に保つ緩衝作用など、口臭予防に欠かせない多くの役割があります。そのため、唾液が減ってしまうと、細菌が繁殖しやすくなり、口臭が発生しやすくなるのです。また、矯正治療によるストレスや、痛みによる睡眠不足なども、自律神経のバランスを乱し、唾液の分泌を抑制する可能性があります。次に、「口内炎や歯肉の炎症」も口臭の原因となり得ます。矯正装置が口の粘膜に当たって口内炎ができたり、歯周組織に炎症が起きたりすると、そこから出る浸出液や血液、膿などが細菌によって分解され、不快な臭いを生じることがあります。特に、歯肉炎が進行すると、歯周ポケットが深くなり、そこに嫌気性細菌(酸素を嫌う細菌)が潜んで、強い口臭の原因となる揮発性硫黄化合物を産生します。さらに、「舌苔(ぜったい)」の見落としもよくあります。舌の表面に付着する白い苔のようなもので、細菌や食べ物のカス、剥がれた粘膜上皮などが堆積したものです。これは口臭の大きな原因の一つですが、歯磨きに集中するあまり、舌のケアを忘れている方が意外と多いのです。そして、稀なケースではありますが、矯正治療とは直接関係のない全身疾患(例えば、糖尿病、肝臓病、腎臓病、呼吸器系の疾患など)や、耳鼻咽喉科系の疾患(副鼻腔炎や扁桃炎など)が口臭の原因となっていることもあります。もし、丁寧に口腔ケアを行っているにもかかわらず、口臭が改善しない、あるいは急に強い口臭がするようになったといった場合は、歯科医師に相談するとともに、必要に応じて内科や耳鼻咽喉科の受診も検討してみましょう。