山田さん(仮名・25歳女性)は、上の前歯がやや突出していること、いわゆる軽度の上顎前突(出っ歯)に長年悩んでいました。特に横顔のシルエットが気になり、口を閉じていても無意識に口元に力が入ってしまうことがコンプレックスでした。しかし、仕事が忙しく、長期間の矯正装置の装着や、それに伴う費用の負担には抵抗があり、なかなか治療に踏み出せずにいました。そんな中、上顎のみの部分矯正という選択肢があることを知り、当院を受診されました。初診時のカウンセリングと精密検査の結果、山田さんのケースでは、下の歯並びには大きな問題がなく、奥歯の噛み合わせも比較的安定していました。問題は主に上顎前歯部の前方への傾斜と若干のスペース不足であり、これを改善することで審美的な満足が得られ、かつ機能的にも大きな支障は生じないと判断されました。そこで、上顎の主に前歯から小臼歯(前から4~5番目の歯)までを対象とした部分矯正を提案しました。治療計画としては、透明なマウスピース型矯正装置を使用し、約2週間ごとに新しい装置に交換していくことで、徐々に前歯を後方へ移動させ、同時に歯列のアーチを整えるというものです。治療期間の目安は約10ヶ月と説明しました。山田さんは、目立ちにくい装置であること、そして比較的短期間で治療が完了する見込みであることに魅力を感じ、この治療計画に同意されました。治療開始後、山田さんは指示通りにマウスピースを装着し、定期的なチェックとクリーニングのために通院を続けました。最初の数日は若干の圧迫感を感じたものの、すぐに慣れ、日常生活に大きな支障はなかったとのことです。食事や歯磨きの際には取り外せるため、口腔衛生も良好に保たれました。治療開始から約半年後には、気にしていた前歯の突出感が明らかに改善され、口元の印象もすっきりとしてきました。そして、予定通り約10ヶ月でアクティブな治療期間は終了。治療後の後戻りを防ぐための保定装置(リテーナー)の使用を開始しました。山田さんは、気にしていた口元のコンプレックスが解消され、自信を持って笑顔になれるようになったと大変喜んでおられました。この事例のように、適切な診断と治療計画のもとであれば、上顎のみの部分矯正でも効果的に審美的改善を図ることが可能です。重要なのは、個々の症例に応じた最適なアプローチを選択することです。
事例で学ぶ上顎前突における部分矯正アプローチ